2008年02月27日

ウィスコンシン州の主な産業など

思わず調べちゃいました。

ここで目覚しい発展があったのですね

2004年のU.S. Bureau of Economic Analysis reportによれば、州内総生産は2117億ドルであり、一人あたり32,157ドルだった。主要産業は製造業、農業、健康産業である。製造業は農業よりはるかに収入が大きいのだが、ここは農業州と見なされている。ウィスコンシンと言えば乳牛の牧畜で有名であり、酪農祭り等の催しものは多い。チーズやミルク等の酪農製品が名産である。俗に、ウィスコンシンは人より牛が多いとよく言われるが、実際には人口550万以上に対し、牛は200万程度である。以前はミルクの生産が全米1位だったが、現在はカリフォルニアが1位である。ただし一人あたりミルク生産量では今でも1位である。主な産業は、酪農製品の他、トウモロコシ、ビール、ブラットヴァースト(bratwursts)というドイツ風の太いソーセージ, アメリカニンジン(朝鮮人参の近縁種)、クランベリー、さやいんげんの生産や製紙業である。エンバクやじゃがいも、ニンジン、サワーチェリー、メープルシロップの生産も多い。食品加工が盛んでありオスカーマイヤー、トゥームストーン、ジョンソンヴィルフーズなどの企業がある。クラフト食品(Kraft Foods)は5千人以上を州内で雇用している。ミルウォーキーはビールで有名であり全米2位のビール会社であるミラービール本社がある。

自然が豊かであり、州の東部にあるドア半島は景勝地として有名である。紅葉の季節はドア郡(Door County)へドライブする人も多い。冬はスキー、氷上釣り、スノーモービルなどが人気がある。ウィスコンシン・デルズ(Wisconsin Dells)には多くのプールやアトラクション施設やダックボートという観光用の水陸両用車があり、夏の観光地として有名である。夏はカヌーやボート遊びが盛んである。その近くにデビルズレイクという州立公園がありキャンプやボート、スキーなどが楽しめる。近くには先住民ホーチャンク族の経営するカジノもある。マディソン近くのニューグレアスという街はスイス村となっており、料理や各種のアンティーク店がある。マディソン近くの街にはマスタード博物館等の観光施設もある。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年01月16日

イベリア北部の独立

こんな事って信じられますか。
すさまじい歴史がここにありました。

フランクの侵攻とイベリア北部の独立
後ウマイヤ朝の前途は多難だった。北方のキリスト教勢力、国内のアッバース朝支持者、さらに王位を狙う王族や貴族(ウマイヤ朝の遺臣)が、統治を不安定なものにしていた。このため、アブド・アッラフマーン1世は反抗的勢力を徹底的に弾圧した。しかし、この弾圧のために一部の反抗勢力がフランク王国に接近し、彼らのイベリアへの介入を招くこととなった。

778年、カール大帝率いるフランク軍は南下してサラゴサを包囲したが、本国での反乱の知らせに撤退を余儀なくされた。この時、追撃してきたバスク人との間にロンスヴォーの戦いが起こり、後にこの戦いで戦死したブルターニュ公ローランをモデルにローランの歌が作られた。アブド・アッラフマーン1世は、この機会にパンプローナを攻略し、北部制圧の足がかりを作った。

785年からフランク王国は再度の攻勢に出た。ルートヴィヒ(ルイ)1世に率いられたフランク軍は地中海側から侵攻し、ヘローナを攻略しスペイン攻略の橋頭堡とした。フランク軍はその後も南下を続け、801年にはバルセロナを攻略した。後ウマイヤ軍の迎撃によって間もなく侵攻は停止したが、獲得したバルセロナはその後のフランク軍の軍事拠点となった。865年、フランクはバルセロナ伯を置いて、カタルーニャを統治させた。しかし、カタルーニャはしだいにフランクと距離を置き始め、やがては完全な独立勢力となった。

一度は征服されたパンプローナだったが、地元の有力者イニゴ・アリスタが中心となり、まもなく反旗を翻した。イニゴ・アリスタは後ウマイヤ朝の鎮圧軍を撃退し、さらに手を伸ばしてきたフランク軍も撃退した。同じ頃、ハーカでもアスナール・ガリンド1世がフランクの貴族を追い出していた。この2つの反乱によって、後ウマイヤ朝、フランク王国ともにこの地方に対する影響力は低下した。805年、アスナール・ガリンド1世がアラゴン伯領を興し、次いで824年、イニゴ・アリスタがナバラ王国(パンプローナ王国)を興した。隣接する両国は当初から親密な関係を維持し、後の905年、サンチョ1世の代に婚姻を通じて統合した。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年09月25日

朝青龍の今後について

それにして内館さんの朝青龍への厳しい姿勢は変わりませんね。
海老沢勝二・横審委員長も「謝罪会見するときは、本人の考え方や、今回のいきさつ、心境、横綱みんなにわかるように誠心誠意説明してほしい」と注文をつけたそうですし、今後日本に戻ってきたとしてもいばらの道でしょうね。
 


『参照記事』

闘いが終わったら、やっぱり主役は、こちら?。ひとり横綱、白鵬の4度目の優勝で幕を閉じた秋場所千秋楽から一夜明けた24日午後、両国国技館内で横綱のお目付け役、横綱審議委員の恒例の会議が開かれた。

 目下、横綱朝青龍はモンゴルのホジルト温泉で腰やヒジの治療中。

 師匠の高砂親方(元大関朝潮)は「本人は(日本に)戻ってきて、土俵に上がる意思があります。帰ったら、ちゃんと記者会見しなくちゃいけないですね、と話している」と初めて復帰の意思が固いことを明らかにした。今月いっぱいはモンゴルで治療に専念、10月になったら、改めて師弟間で来日する時期などについて話し合うという。

 ただ、来日しても、イバラの道に変わりはない。朝青龍は潔く引退すべし、と一貫して主張している脚本家の内館牧子委員は、「出処進退は本人が決めること、戻ってくるのもいいでしょう。でも、今回、自分のやったことについて恥じることなく戻ってくれば、また相撲や日本や職業をなめるようなことをする。どうするのか、と聞いたけど、師匠からの明確な答えはなかった。朝青龍は引退すべきという私の気持ちは変わらない」といまだに矛を収める気配をみせていない。